2015年1月20日火曜日

天下布武へ!その2

他にも萌え萌えグッズは無いかと物色していると、ロープウェイ発車の時間になった。乗客十数人がゴンドラに乗り込み、標高329mの金華山頂上を目指す。山頂まで約4分。岐阜市の街並みや原生林で覆われた金華山、長良川の自然美は絶景だ。














あっという間に山頂へ到着。着いたら先ずは展望台のレストランで食事だな。ここでは、2012年のご当地B級グルメフェスティバルでグランプリを獲得した『信長どて丼』を食べさせてくれると言うのでワクワク。

しかし、ロープウェイの山頂駅から更に階段を上がった展望台に到着するとこんな貼り紙が・・・
えーっっ!!マジっすか?店員が出て来て半年に1回の貸し切りだと申し訳なさそうに頭を下げる。
1つも出来ないんですか?と聞いて見るが無理だと言う。何じゃそりゃ、マジかよぅ・・・
まあ良いか。予定より1時間近く押しているし。気を取り直して天守閣と資料館を見に行こっと。

展望レストランから来た道を戻り天守閣を目指す。所々木の根っこが盛り上がっていたり、階段が割れていたりで足元はあまりよろしくない。

杖をついている人も居る

更に登ってゆくが天守閣はなかなか見えてこない。それにしても、相方と一緒じゃなくて本当に良かった。こんなとこ来るんじゃなかっただの、もう歩けないだのと言われるに違いない。
 
どんどん歩くとようやく天守閣が山の間から姿を現した!
京都を向いて建っているらしい
ここからまだ少し歩くと、やっとこさ到着!
岐阜城は建仁元年(1201年)に鎌倉幕府執事二階堂行政により砦が築かれたのが始まりと言われる。岩山の上にそびえる城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われた。

戦国時代に入ると京都の油売りから僧侶を経て一国一城の主にまで上り詰めた道三の居城となるが長良川の戦いで道三が討死すると義龍が城主となる。しかしわずか6年後義龍は急死、義龍の嫡子龍興(たつおき)が13歳で城主となる。


しかし龍興は、祖父や父に比べると凡庸で、永禄10年(1567年)家臣らの裏切りと信長の攻略により城を捨てて伊勢長島へと遁走する。

信長は居城を小牧山城からここ稲葉山城に移すと、井口(いのくち)と呼ばれていた街と城の名を岐阜と改めた。

その後城主は信長の嫡子信忠へ。本能寺の変で信忠が討死すると、清洲会議にて信忠の異母弟信孝が三法師(後の秀信)の後見として城主となる。


その後も池田氏、豊臣秀勝、織田秀信が城主となり、ついに慶長5年(1600年)、関ヶ原合戦の前哨戦の際、秀信が西軍に味方したため、東軍(徳川家康)に攻め入られ、激戦の末落城。この時秀信の家臣38人が切腹した場所の床板を天井に張ったのが崇福寺の『血天井』なのだ。
この落城により、天守閣・櫓等は家康の命で加納城に移され、廃城となる。

そんな岐阜城天守閣は、昭和31年に復興された。鉄筋コンクリート造り3層4階構造で、城内は史料展示室、楼上は展望台となっている。


早速中へ入ってみよう。甲冑や刀、歴代城主の肖像画などがガラスケースの中に展示してある。



信長の旗印『永楽通宝』が刀の鍔に。残念ながらこれもレプリカ。
















資料展示室で『天下布武』の朱印を発見!これもレプリカ。

『天下布武』は、七徳の武をもって天下を治めると言う事で、暴を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、民を安じ、衆を和し、財を豊かにする、この七つを意味する。信長は岐阜城を手に入れた頃からこの朱印を使い始めたと言われる。

実際信長は、これまでの戦のように奪い取った領地での略奪や領民への乱暴狼藉を厳しく禁止し、統率を乱す者には容赦しなかった。また、楽市楽座で人や物資の往来を盛んにし、領内の経済活性化にも力を注いでいる。


階段を上がると目の前にドカッと親方様が!

更に最上階へと上がると360度の大パノラマが!
左上の川は木曽川、桑名方面を望む
関が原方面を望む
手前の山は百々ヶ峰、遠く飛騨・高山方面を望む

ここからの景色を見ながら信長は何に思いを馳せていたのだろうか・・・それにしても怖い。実は松剣、高所恐怖症。眺めは良いけれどどうも落ち着かない。天守閣を下りて隣の資料館へ行こう。
資料館の中には『これぞ!』という展示品は無く、唯一信長の陣羽織があったくらい。しかもレプリカ。本物は大阪城にある『木瓜桐文緋羅紗陣羽織』。信長より秀吉が拝領したと伝わる。


そろそろロープウェイ乗り場に戻らないと。まだ信長の居館跡を見なければ!小走りで駅へと向かうが、こんな道。転ばぬよう、足をくじかなよう気をつけて・・・

すると途中でこんなの発見!秀吉の馬印『千成びょうたん』発祥の地だって?これは見なくっちゃ!

よじ登らなければいけないような急峻な階段の先にはこんな碑が。しかもこの日付、松剣の誕生日じゃないですか!
『えいえいおー!、えいえいおー!』とここで勝鬨を上げたのだろうか。武者たちの栄華を思いながらロープウェイ乗り場へ向かった。

まだ続く。そう簡単には終わらない。

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